取引相手の立場が強い場合、仕事の発注があったとしても、金額の算定方法が明確にされないまま進んでしまうことがある。また、契約を結んでいたとしても、追加の仕事を要請されることがある。
このような場合、対価を定めていない以上、契約が成立しているといえないため、相手に対価を請求することはできないのであろうか。相手に法的に対価を請求することができるかどうか、説明する。
1.商法512条に基づく報酬請求権
商法には次の定めがある。
(報酬請求権)
第512条 商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる。
この条文では、「商人」とは何か、「営業の範囲内」とは何かが問題となる。
「商人」の範囲については、次のようなる。まず、株式会社は当然に商人となる。個人事業者については、商法501条、502条所定の商行為に該当する取引を営業として行っている場合、又は店舗等により物品の販売業を行う場合には商人となる。
「営業の範囲内」の意味については、基本的商行為に限るとする説と、営業上集団的反復的に行う契約をいうとする説に分かれているが、多くの場合には問題となることはないだろう。
この条文は、契約を締結していることが要件になってはいないため、金額の合意がなく契約が成立しているとは言えない場合でも、商人は相当な報酬を請求できることができるのが特徴だ。また、契約の範囲外の仕事の依頼であったとしても、同様に相当な報酬を請求できる。契約の範囲外であるかどうかについては、元の契約書の趣旨がどのようなものであったかが問題となる。
報酬は発生しないとの合意がある場合や、取引慣行上無償の行為と考えられているものについては、報酬を請求することができない。
2.契約締結上の過失
「契約締結上の過失」とは、契約の準備段階に入った当事者間において、相手方に損害を与えた場合、信義則上、不法行為として損害賠償責任を負うとする理論のことで、判例上認められている。
例えば、契約の成立を匂わせ、予め何らかの依頼をしてこちらがその仕事をした後に、実際には正式な契約の依頼をしなかったようなケースに問題となる。
この場合、損害賠償責任の範囲は、信頼利益の範囲内とされ、実際に要したコストは請求できるが、利益分までは請求することができない。商法512条の規定では利益分も含めて請求できるため、若干不利になる。両社が成立する要件は必ずしも重なっているわけではないため、双方の請求ができそうな場合には、実務的には、商法512条の請求が認められなかった場合に予備的に契約締結上の過失の請求をするという形になるだろう。
3.発注者側から見たトラブル防止策
今回は注文を受けた側がどのように対価を請求するかという点に力点を置いたが、発注する側から見ると、どのような形で発注するのが、お互いのトラブル防止の観点からよいかが問題となる。
まずは、相手方の負担になる依頼をする場合には、その対価を明確にしたうえで交渉する必要がある。報酬が発生しないのであれば明確にその旨を明らかにし、報酬が発生する場合には、その金額又は計算方法を明確にすべきだ。契約締結上の過失のように、正式な契約が予定されている場合でも、同様に、報酬の有無、報酬が発生するのであれば契約不成立時の清算方法を明確にすべきだ。
4.まとめ
金額について合意せずに仕事をしたとしても、相当な報酬を請求できる場合があるため、相手が支払いを拒んだとしても、必ずしもあきらめる必要はない。必要であれば専門家に相談しよう。
また、発注者側からすれば、対価を明確にしない不用意な発注を行うことはリスク管理の観点から慎むべきで、契約前に何らかの依頼をする場合には、その清算方法を明らかにすべきだ。